2013年5月30日木曜日

いんがかんけい

経験論に則って考えると、因果とかいうやつはある事象が連続して起こっているということを述べているにすぎない、という文を最近読みました。
一つの現象Aが別の現象Bを引き起こすということはなく、第一の現象Aが過去に経験した現象A’に似ていることから、かつては連続して発生したもう一つの現象B’に類似した現象Bが起きるのではないかと想起してしまうだけである、とかいう感じ。

実際にその現象Aの後に何が起こるのかはハッキリしていない、と。

かなり固い決定論の信者の私としては受け入れがたい論ですが、そういう考えもできるなあ、と感じる次第です。
確かにある一つの事に因果関係を求めることは難しいのかもしれない。
同じような条件を整えたとしても完全に同じ環境を整えることは不可能で、その結果は観測するまで何者にも分からないはず。
それでも、こうしたらこうなるだろう、と期待してしまうのはなんででしょう。
それこそ過去の経験からの推測に過ぎないのでしょうか。

もしかして決定論て世紀単位で時代遅れ?
因果を求めることが幻想なのでしょうか。
それでも手を叩いたら音がするということに因果関係を求めてしまう私。
次に手を叩いても音が鳴らないという現象Cが起こるのかもしれない。

観測しているのは誰なんだ。
私か。
「木が倒れたら音はするのか」ってやつですか。
やっぱり意識とか自我とかって必要ない気がします。

やっぱり唯物科学教にどっぷり浸ってしまっているのを感じますね。
もっと自由な信仰を持つべきだ!
手を叩いたら空も飛べる!



そういう思考展開も決定論的に決まっていたのだと思ってしまうぐらいには決定論から抜け出せない自分がいます。
ビールが美味しくて酔っています。

久々に筆を取ってこんなんでいいんだろうか。
いいんだろうな。

0 件のコメント:

コメントを投稿