2013年2月13日水曜日

言葉について

私は言葉が好きです。

誰かの感じている世界の一部に少しは近づける気がする。
私の感じている世界の一部を誰かに想起させることが出来るような気がする。

だから私は言葉が好きです。


私は言葉が嫌いです。

私の見ている世界が言葉によってどんどん切り取られていく。
お金を手に入れて嬉しい、というのと、美味しいものを食べれて嬉しい、というのは本来違う感情なのに、「嬉しい」という一つの言葉に括られて、あたかも同じ感情であるかのように錯覚させる。

だから私は言葉が嫌いです。


見たものを見たままに言葉にする、ということは厳密には不可能だと思っています。
見たものを見たままに伝えるには、実際に私になって私の目を通して私の神経を伝って見てもらうしかないのかな、と。
私が見たものと、私の隣に立ったあなたの見たものは違うものだと私は思います。

ただ、言葉では真の意味で感情を共有する事は不可能だからと言って諦めるべきではない。
言葉を繋げることで、似たような経験や感情を想起させて、錯覚的であろうとも、感情をすり寄せることは出来るのでは。
……というより現実に起こっているのはそういう程度のすり寄せなんだろうなあ。

それを、共感できた、同じように感じた、と錯覚してしまうとまた問題になるんだと思う。
「あー分かる分かる」という言葉は何にも分かっちゃいないと思うべき。
「分かる分かる」は「こういう気分になるんだろうなあ」と予想が出来るというだけであって、断じてあなたの感情を私が実際に感じているわけではないのです。
相手の言葉に対して、一線引いて捉えるのと、鵜呑みにして盲信してしまうのでは違う世界になるんだろうなあ。
そういう小さな差異が大きなすれ違いになっていくのでは。

そのすれ違いを回避するためにも、言葉をたくさん繋げるべき。
決して感情を相手とリンクすることはできないけど、すり寄せられる限りすり寄せて、誤差を可能な限り小さくする。
だから説明不足や言葉足らずは自分から相手を近づけていないに等しい。
「どうして分かってくれないの!?」はあなたが原因です。
相手は与えられた情報からあなたの感情を予測する事しかできません。
情報が多い方が予測は正確になるもので、言葉の持つ情報量はかなり大きいものだと思います。
「言葉では言い表せない」は言葉を使い切った者しか言ってはいけない。

結局私たちが日々行ってる会話は連想ゲームでしかないんでしょうね。
この文ですら私の想像通りに伝わってるとは思えないし。

言葉について言葉を使って考えるという事に限界はあるんだろうとは思いますが、思いを馳せずにはいられません。
やはり私は言葉が好きなようです。
学問的に考えるとまた大変なんだろうとは思いますが、そういうのは専門家にお任せしたい。

2 件のコメント:

  1. 自分もそんな考えを持ったことあるし。
    というか、その通りなんだよね。
    100人いれば100人のビジョンがあって、
    じゃあそれを正確にわかって欲しいと思って、
    必死に言葉で伝えようとするんだけど、
    結局それは上手く伝わらなくって。
    一晩答えの無い議論を続けても、分かり合えなくて
    とてももどかしいかったコトも。

    まぁ、なんてーか難しいんですよね。
    でもそれを分かって欲しいと思って、
    必死になっている自分はワガママなんでしょうか。


    ちょっと考えさせられる内容でしたので。。。
    長文コメント失礼しました(´Д`;)ヾ

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    1. Oh!せっかく貴重なコメント頂いていたのに返信するのすっかり遅くなりましたごめんなさい!!

      絵画や音楽なんかが、言葉を使わずにその人の感覚を表現しようとしたものなのかなー、とも思います。
      アプローチの角度は色々あっても結局、正確に思いを伝えるというのは難しいかもしれませんね。

      私も自分の思いとか感覚とかを分かってもらいたいっていう欲求ばかり募っています。
      実際に出来る出来ないはともかくとして、そうでありたいと思う事はワガママにはならないと思いますよ!
      それを、出来て当然、とか思い込んで他人に押しつけてしまう事がマズいんじゃないかなーなんて。

      いやー、こんな文章に反応頂けて嬉しい限りです!

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